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はたやんの手帖

【パーソナルフューチャーリデザイン™️】「自分のメカニズムを知り、未来をリデザインし、現実を動かす」

短距離走ではなく「人生80年として、、、ライフワークをどう考える?!」

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人生をマラソンととらえる-外山滋比古先生 「ライフワークの思想」からインスパイアされたこと

僕は今まで人生を短距離走のように捉えて生きていきました。
人生を84年、マラソンとして捉えてみると、最初の10年は幼年期、10歳から45歳が往路、46歳から80歳が復路になるのでしょう。
その中間地点がマラソンでいう折り返し点になるのでしょうか?!

ちょうど私は43歳で往路を終えて、復路に差し掛かる手前にいます。
これを一日単位に例えると昼が往路、夕方帰宅してからが復路として見ると、いずれにしても前半は進み、後半は帰ることによって自分のゴールに向かう。と見ることができる。
サラリーマンの多くは、帰ってきても、前に進むことしか関心を示さず、前進だけが人生だと思い込んでいる。
これではいつまでたっても人生のゴールなど辿り着くはずもない。

何故なら、折り返し点を回ってからは、これまでとは反対の方に走ることが前進になるからです。



出家という折り返し地点

興味深い話として、昔は”出家”という風習があり、それで人生の折り返し地点を創っていたようです。
妻子、職業、手放し、頭を剃り仏門に入り、”いかに生きるか”という考え方から、”いかに死ぬか”という考え方に転じるものだったようです。

今のサラリーマンにとって、定年が折り返しに地点になっている。
定年で折り返して帰って来るのでは遅過ぎるのでは?と述べている。
現在43歳、昨年死と隣り合わせの経験を通し会社も辞め、立ち上げた事業も手放し、次のセカンドライフ=ライフワークを模索中である。
自らの意思で出家的折り返し点をつくったつもりです。
定年という会社本位の折り返し点として、その後を余生と考えることは僕にはできなかったからです。
我々の人生=マラソンには余生などというものはあってはならない。と述べています。
もし人生短距離走なら、スタートの失敗は致命的だろう、しかし人生をマラソンと捉えた場合、スタートにつまずきになど問題にはならない。
マラソンのスタートでトップにいてもそれが優位と決めきれない。
このフレーズには本当にインスパイアされました。
”初め良ければ終わり良し”スタートダッシュが一生を決めるかの考え方には正直違和感を感じていた。
人生の挫折をした人間が自分の人生のお折り返し点を決めて、晩年すばらしい充実した人生をおくるというのはとても励みになるストーリーです。



人生の余白を大切にする

何もしない時間を持つことは意外に出来ない。
なにもしないことが本当にライフワークを見つけるのに効果的なようだ。
しかし、人は空白の時間を恐れるあまり、何かしら予定をいれて空白を埋めて安心を得ようとする。
私もそうです。
自分だけの時間をつくることは、長い目でみれば精神的な肥料になるらしい。
空白の時間の中から、当面今の仕事と関連しないもので、興味あるジャンル、惹かれる世界観を探し出し、それを自由時間の中で育むことがライフワークを見つけ育むのに効果的とのことです。
恐れずいかに無為な時間を作りだせるかがポイントのようです。



ライフワークの思想 (ちくま文庫)

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